五足の靴文学碑



濱名志松 五足の靴文学資料館

天草市天草町大江。
隠れキリシタンの里(現在は潜伏キリシタンというらしい)であり、白亜の大江天主堂で有名なひなびた山漁村である。
その大江の町に、「濵名志松 五足の靴文学資料館」はある。
資料館発行のパンフによると。

濱名志松は。
大正元年10月12日、牛深市魚貫に生まれる。
長じて教職に勤めながら、天草の文化研究に励む。
退職後は、農業をしながら、更に研究・出版を手掛ける。
そして、96 歳にして平成21年1月9日、天寿を全うして永眠。

大江と言えば、明治40年「五足の靴」が大江天主堂にガルニエ神父を訪ねるくだりが、ハイライトシーンといえよう。
その、埋もれていた「五足の靴」を世に出したのは、野田宇太郎。
そして、それを更に世間に認知させたのが、浜名志松だ。
大江天主堂前に、五足の靴一行のひとり、吉井勇の歌碑が建っている。

「白秋とともに泊まりし天草の大江の宿は伴天連の宿」

この碑の建立に尽力したのも浜名志松である。

「街道をゆく」の著者、司馬遼太郎は、天草を訪れた時、浜名と会っている。
というより、浜名は、大江、﨑津を案内している。
司馬は、浜名を肥後に多い重厚な風貌の老紳士と評している。
この天草訪問が何時かはっきりしないが、この「街道がゆく」が「週刊朝日」に掲載されたのが、昭和55年だから、その年かその前年と思われる。とすれば、浜名68歳の頃だ。
当時、浜名は天草町の教育長をしていたようだ。
 『街道をゆく 17 島原半島 天草の諸道』

浜名死去後、息子さんの手で、作品集や交友関係等の多くの資料を展示した、資料館を開館している。

 

 資料館の様子  写真は、2011年7月15日撮影


浜名志松主な著作


『五足の靴と熊本・天草』図書刊行会 1983年6月10日第1刷
『天草の民話』未来社 1970年3月20日第1刷
『天草の土となりてガルニエ神父の生涯』日本基督教団出版局 1987年7月25日初版
『九州キリシタン新風土記』葦書房 1989年6月15日発行
『天草霊験の神々』図書刊行会 1990年4月30日発行 
『歌集 土踏めば土のかなしみ』 平成8年10月12日発行 
『天才歌手 横田良一伝』昭和54年7月30日 印刷センター
 など多数

短歌でも、詩集「岬」を創刊・主宰をつとめ、天草短歌会の重鎮でもあった。

 
お断り:敬称は略させていただきました。