http://www.amakusatanken.jp/ 目次 天草五人衆
棚底城 天草市倉岳町棚底
国指定史跡
棚底城は国指定史跡となっているが、発掘調査の後整備がなされておらず、素人の目には、なんで国指定史跡なのとおもえる。 |
<案内板の説明> 戦国時代の天草は、天草氏・志岐氏・上津浦氏・栖本氏・大矢野氏ら天草五人衆と呼ばれる領主により治められていました。 棚底城跡はこの内、上島に勢力を持つ栖本氏と上津浦氏が幾度も争った歴史を持つ城です。「八代日記」という相良氏家老の記した文書に、1544年から1560年まで棚底城をめぐって戦があったことが記されています。 城跡は東西に伸びる尾根線上に約340mにわたって築かれ、標高約90mのT郭から東へ[郭まで曲輪を連ねた構造で、随所に堀切や竪掘を施すなど天草地域の山城としては重厚な縄張りを有しています。 平成14年〜15年度の発掘調査で、T〜[郭までの全曲輪で岩盤を掘り込んだ柱穴が数多く発見され、豊かな城内生活を物語る大量の輸入陶磁器等の遺物が出土しました。城主が暮らしたと想定されるT郭では、300基を超えるおびただしい数の柱穴が集中しており、大規模な城主居館が幾度も建て替えられたと考えられます。 このT郭にを守るために周囲には三重にめぐる横堀を岩盤を削って設けてあり、多大な労力を費やして厳重な城づくりを行っています。多重横堀は上津浦氏の領域と考えられる城郭に多く見られ、相良氏からの技術供与の産物である可能性も指摘されており、注目されています。 発掘調査では、約2000点の遺物が出土し、特に青磁や染付など中国産輸入陶磁器片がその半数以上の約1100点を数えます。また15世紀前半頃のベトナム産染付片など希少な陶磁器も出土しています。中国産天目茶碗片、茶入片、茶壷片や地元産の石材を使った石製風炉、茶臼など茶の湯道具も出土しており、戦国城郭での豊かな生活を物語っています。 輸入陶磁器が国産の土器よりたくさん出土する状況は県下では非常に珍しく、中世の海外貿易に深く関係しており、倭寇(中世の海賊)等との関連性も想定されます。棚底城跡は調査結果により、天草の戦国城郭として非常に重要なものであることが判明しました。 |